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  • 一瞬、潜れた日── ASDのLUCAと、お風呂で積み重ねた2年間

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    「Mamma、あれやったんだよ。そしたら、できたんだよ! Mammaのおかげだよ!」お風呂の中で、LUCAが、キラキラした目で、そう言った。その日、LUCAは、生まれて初めて、プールで、一瞬、潜れた。ほんの一瞬。でも、それは、2年間の積み重ねの、結晶だった。

    2年前から、始めていた引かないで聞いてほしい。

    私たちは、この「一瞬」のために、2年間、練習してきた。小学校1年生の、5月頃。「6月からプールがあるから、お水に顔をつける練習をしようかな」と思った。

    でも、気づいた。

    LUCAは、朝、手についた水で顔を洗うことはできるのに、洗面器に顔をつけることが、できなかった。

    あらら、どうしよう。

    でも、LUCAは、お水が大好き。

    お風呂が大好き。

    そして、1年生のとき、本人が言った。「できるなら、泳いでみたい。」その一言から、長い長い、お風呂での練習が始まった。

    ステップ1〜6、2年間の記録

    ① お湯を多く含んだタオルで、目と鼻をぬぐう。嫌がるから、片方の鼻ずつ始めた。やがて、目も拭えるようになった。

    ② 口だけ、シャワーをかけて、ぶくぶくして遊ぶ。これは、できるようになった。

    ③ 片方ずつ、ほっぺにシャワーをかける。「怖い、怖い」と嫌がった。慣れるまで、数ヶ月かかった。

    ④ 鼻に、さっとシャワーをかける。これが、まったくできなかった。「息ができない」「鼻に水が入る」と嫌がった。

    うーーーん。── 中断。

    ⑤ 3年生に、なってしまった。

    息を大きく吸って、止めて、口か片方のほっぺにシャワーをかける。

    これが、なぜか面白かったらしく、2日に1回、するようになった。

    ⑥ 思い切って、「おでこと目にかけてみよう」と提案。

    「いいよ」とLUCA。

    息を吸って、止めて、シャー。

    ── 成功。

    手でぬぐう方法を教えた。二人羽織のように、同じ向きで座って。

    「かけるよー」

    「はい、大きく息吸って、止める」

    ジャー。

    手でぬぐうのを、一緒にやる。

    これが、できるようになったのは、

    プールの数日前だった。

    練習場所は、ずっと、お風呂。

    もうひとつの練習

    ── 立ったまま、着替える

    ASDで低緊張のあるLUCAには、もうひとつ、大きな壁があった。

    立ったまま、着替えること。

    低緊張の人と関わったことがないと、わからないかもしれない。

    立っている姿勢を保つだけで、体幹を維持するために、スタミナを消費してしまう。

    その上、片足立ちになって、手でズボンを引き上げる。

    2つのことを同時にやるのが、ものすごく大変なのだ。

    学校のプールではないから、立ったままの着替えが必要になる。

    でも、LUCAには、それが難しい。

    だから、家で、何度も練習した。壁に背中をつけて、寄りかかりながら、着替える。これも、うまくいった。

    プールの日

    今年から、校内のプールがなくなり、フィットネスクラブでのプール授業になった。

    バスで移動する。LUCAは、バス移動に、わくわくしていた。

    でも、初めて行く場所。

    トイレの位置。

    トイレに行きたくなったらどうしよう。

    実は、LUCAには、頻尿の悩みがあった。

    1年生のときは、ひどいと1時間に7回。

    やっと、最近、落ち着いてきたところだった。

    だから、トイレについては、不安そうだった。

    私は、先生に伝えておいた。

    「いつでもトイレに行かせてください。水嫌いにならないよう、楽しめる程度のご指導でお願いします。」

    それでも、LUCAは、全体的には、楽しみにしていた。

    そして、潜れた

    その日の夜、お風呂で、LUCAが、それはそれは嬉しそうに、柔らかい笑顔で、キラキラ生き生きした目で、話してくれた。

    「ほんの一瞬だけど、潜れたんだよ! 目も開けてたんだから(ゴーグル使って)!」

    私は、驚いて、言った。

    「えー、嬉しい! すごいね! 頑張ったんだね〜!」

    すると、LUCAは。

    「Mammaと、息止める練習してたから、あれやったんだよ。そしたら、できたんだよ! Mammaのおかげだよ!」

    私は、泣きそうになった。

    「Mammaのおかげ」なんて言える子に、育っていた。

    「えー、LUCAが頑張ったからだよ。」

    そう言うと、LUCAは。

    「でも、すごい頑張ったから、疲れたよ。」と、笑顔で言った。

    私は、LUCAを、ぎゅっと抱きしめた。

    「Sono fiera di te.

    (あなたを、誇りに思う)」

    イタリア語で、そう言って、baci(キス)をした。

    LUCAは、このイタリア語を、知っている。

    「何度も、すごく頑張って、挑戦したんだね。かっこいいね。」

    そう言うと、LUCAは、

    どんどん話してくれた。

    「僕、潜れたんだよ。」

    「プール、少し冷たかったから、トイレ心配だったけど、休憩中に行ったよ。」

    「最初、すごく心配だったけど、嫌なことも何もなくて、楽しかったよ。」

    そして、ちょっと笑いながら、軽やかな口調で、私を抱きしめながら、こう言った。

    「ねぇ、ママ、僕、潜れて、すごいよね??」

    その日は、ふたりで、ずっと、喜び合っていた。

    帰り道、

    踏切がA型からB型になっていた。

    LUCAは、その日の帰り道のことも、教えてくれた。

    バスの窓から見た、いつもの踏切。

    その踏切が、A型から、B型に、変わっていたこと。

    帰りは、いつもと違う道路を通ったこと。

    ASDのLUCAの脳は、こういう「世界の細部」を、正確に記録している。

    プールで、初めて潜れた日。その同じ日に、踏切の型が変わったことに気づく脳。

    これが、LUCAの見ている世界。誰よりも、繊細で、正確で、美しい世界。

    翌日、LUCAは、学校を休んだ。

    プールの日、帰宅してから、LUCAは言った。

    「疲れすぎて、宿題できない。」

    「やらなくていいよ。」私は、そう言った。

    いつもより早く寝た。

    でも、翌朝、LUCAは、起きられなかった。

    「お願い、休ませて。疲れて、行けない。」目が、開かない。

    機嫌も、少し悪そう。

    「お願い、ママ。お願い。」淡々と、でも、懇願するように、LUCAが言った。

    私は、すぐに、切り替えた。

    ──昨日、あんなに頑張ったんだもの。心も体も、疲れ切ったんだな。「いいよ。休もう。」

    LUCAは、「ありがとう。ありがとう。」と言った。

    その夜、LUCAが教えてくれたこと

    その日の夜、私が食器を洗っていると、LUCAが、後ろから、ぎゅっと抱きついてきた。

    「今日は、休ませてくれて、ありがとう。本当に助かったよ。」

    「僕に、『言うこと聞け』ってしないで、僕の気持ちを聞いてくれて、ママ、ありがとう。いつも好き。」

    そして、こう言った。

    「明日は、行くからね。」

    機嫌よく、そう言ってくれた。

    同じように、頑張る子を育てている、あなたへ

    「一瞬、潜れた」定型発達の子なら、当たり前にできることかもしれない。

    でも、ASDで、低緊張で、感覚過敏のあるLUCAにとって、それは、2年間の積み重ねの、結晶だった。

    シャワーを顔にかける練習を、お風呂で、何百回も。

    壁に寄りかかって着替える練習を、何度も。

    頻尿の不安を抱えながら、知らない場所のプールへ。

    そして、潜れた。

    たった一瞬。

    その「一瞬」が、どれほど尊いか。

    同じ子を育てている、あなたなら、わかると思う。

    そして ── 頑張った翌日、学校を休むこと。

    それは、「怠け」じゃない。

    ASDの子の、当たり前のエネルギーのリズム。

    全力で頑張った分、必ず、充電の時間がいる。

    私は、決めている。

    家は、責められない場所。

    居場所がある場所。

    1日休んだからって、何も変わらない。

    むしろ、休ませてあげた方が、また学校に行く気力が、生まれる。

    味方がいれば、頑張れる。

    私は、LUCAの空母でいたい。

    戦って、疲れて、帰ってきたら、いつでも、安心して着地できる場所。

    燃料を満タンにして、また飛び立てる場所。

    それが、私の役目。

    LUCAは、今日も、自分のペースで、世界と戦っている。

    そして、お風呂で、こっそり、次の「一瞬」のための練習を、続けている。

    訪問看護師(Psychiatric Visiting Nurse)として精神科・一般訪問看護に従事しながら、ASD・ADHD・低緊張のあるLUCAを育てるシングルマザー。「一人じゃないよ」を、世界中の親に届けたくて、書いています。

    autism-mama-diary.com