── ステージIVの母が、トマト畑で学んだこと
「Mamma、大変だ! ばーばが畑に行こうとしているよ!」
5月31日の朝。
朝食の食器を洗っていた私の耳に、玄関からLucaの叫び声が届いた。
私は、急いで手を拭いて、靴を履いた。
ASDのLucaに、ずっと頼んでいたことがある。
「ばーばが動いたら、特に畑に行こうとしたら、すぐママに教えてね」
退院から4日。
ばーばは、日中、お庭を散歩しながら、畑を見るのが日課になっていた。
そして、トマトのわさわさが、気になっていた。
Lucaは、その役目を、誰よりも正確にやってくれた。
「mamma、大変だ!」
あの朝、その一言が、ばーばと私と家族を、繋いだ。
4月15日に植えた、トマト
ばーばが、トマトを3本植えたのは、4月15日。
その6日後、4月21日に、ばーばのステージIV大腸癌・多発性肝転移が、見つかった。
つまり、ばーばは、診断の前に、家族のためにトマトを植えていた。
「自分で作ったトマトを、家族に食べさせたい」
そう言って、土を耕して、苗を植えていた。
診断後、ばーばは、こう言って笑っていた。
「買った方が、安いかもね。手間を考えたら。」
でも、ばーばは、自分が育てたトマトを、私たちに食べさせたかった。
それが、ばーばの愛の形だった。
「私が、畑をやってるとはね」
5月31日、朝9時。
36.5℃。
体調は、悪くないと、ばーばは思っていた。
CVポートを造設して2週間。
右手は、まだ思うように上げられない。
それでも、ばーばは、「右手そんなに使えないだけで、できる気がしたの」と、後で笑って話してくれた。
私は、ばーばに付き添って畑に出た。
インドア人間で、本好きで、PC好きで、畑なんて一度もやったことがない私が、ぎこちなく、トマトの脇芽を取り始めた。
ばーばは、私を見て、ふふっ、と笑った。
「M(私の名前)が、畑をやってるとはね。」
私も、笑った。
そりゃそうだ。
私は、ばーばの広い庭の管理を、ずっと「ばーばがやるもの」だと思って生きてきた。
「あなたが、こんなことするんだね」
ばーばの笑顔が、その朝の畑に、ぽつんと浮かんでいた。
ばーばが、動き出してしまう
私の手つきが、ばーばには、もどかしすぎたようだ。
「ここはこうやって」
「これはこっちに結んで」
ばーばは、そっと、そっと、右手を上げないように動きながら、自分で脇芽を取り始めた。
──また、これだ。
竹藪のとき、剪定バリカンのとき、いつもこうだ。
ばーばは、「ちょっと監督するだけ」のはずが、いつの間にか、自分の手で全部やってしまう。
トマトを終えたら、隣のきゅうりの蔓が、伸びかけているのが目に入った。
「あら、これも倒れる前に支柱に結ばないと」
笑っている場合じゃなくなった。
ばーばの表情が、少しずつ、歪んできた。
「ばーば、もう今日は終わり。きゅうりは、私が蔓をクルクルして、結んでおくから」
私が、声をかけた。
「大丈夫、大丈夫、できる。」
ばーばは、そう言って、笑った。
いつもの、ばーばだった。
限界
でも、きゅうりの蔓を巻いている途中で、ばーばが言った。
「もうダメだわ。これ、やったら、休む。」
その声が、震えていた。
最後の蔓を結び終わると、ばーばは、すぐに、家に戻った。
ソファに横になったばーばの額に、熱が出始めていた。
36.7℃。
そして、すぐに37.0℃。
「あ、熱出てる」
ばーばは、自分で気づいて、自分で体温計を測った。
訪問看護師として、私は知っている。
治療を始めたばかりのこの時期、5月30日から6月3日は、免疫が一番下がるピーク。
そして、ばーばは、その日、畑に立っていた。
ばーばが、つぶやいたこと
2時間ほどで、ばーばの熱は、36.8℃まで下がった。
私たちは、一緒に、安心した。
そして、ばーばは、ソファの上で、こうつぶやいた。
「もう、無理しないわ。この治療は、無理できないんだわ。」
それは、ばーばが、生まれて初めて、口にした言葉だったかもしれない。
ずっと、家族のために、無理を「無理だと思わずに」やってきた人。
広い庭を、ひとりで管理してきた人。
診断の6日前にも、家族のためにトマトを植えていた人。
その人が、初めて、「無理しない」と、自分に言った。
私が、その夜、考えたこと
私は、訪問看護師として、たくさんの患者さんの家族と関わってきた。
「無理しないで」と、何百回も、言ってきた言葉。
でも、それは、患者本人にとっては、簡単な言葉じゃない。
「無理しない」とは、「できないことを、受け入れる」ということ。
それは、看護師として、頭ではわかっていた。
でも、自分の母が、それを受け入れる瞬間に立ち会ったのは、初めてだった。
ばーばは、その日、少し反省していた。
無理してしまったこと。
家族に心配をかけたこと。
そして、たぶん ──
「我慢強く、人に任せる」
ということを、ばーばは、これから少しずつ、学んでいこうとしている。
Lucaから、ばーばへ
私は、Lucaを育てるとき、ある作戦を立てていた。
「まず、やってみよう。優しく説明して、次回のやり方を、一緒に考えよう作戦」
頭ごなしに「ダメ」と言わない。
本人がやってみて、感じて、考える。
そして、次に活かす。
ASDのLucaに、私が見つけた育て方だった。
その同じ作戦を、私は、ばーばにも、応用しはじめている。
「畑に行かないで」じゃなくて、「行ったら、こうなったね。じゃあ、次は、こうしてみる?」
ばーばも、Lucaも、私から見たら、世界でいちばん大切な、自分の力で生きようとしている人。
その尊厳を、止めることはしたくない。
でも、限界を、一緒に学んでいきたい。
Lucaの「Mamma、大変だ!」
あの朝、もしLucaの「Mamma、大変だ!」がなかったら ──
ばーばは、もっと長く、畑にいたかもしれない。
ASDのLucaは、「ばーばが畑に行こうとしている」という、ひとつのルールを、完璧に守ってくれた。
これも、Lucaの愛の形。
ばーばを、自分の方法で、守っていた。
同じように、家族を見守っている、誰かへ
「もうやらないで」と止めても、止まらない人。
「無理しないで」と言っても、無理してしまう人。
そんな大切な人が、あなたの家族にもいませんか?
止められない時もある。
言うことを聞いてくれない時もある。
でも、それは、その人がまだ自分の力で生きようとしている証拠。
無理した日があっても、いい。
そこから、本人が、ちゃんと考えていくから。
私の家族は、今、その途中にいます。
ばーばは、無理した。
熱が出た。
そして、ばーばは、自分で「無理しない」と決めた。
それが、いちばんの治療かもしれません。
訪問看護師(Psychiatric Visiting Nurse)として精神科・一般訪問看護に従事しながら、ASD・ADHD・低緊張のあるLUCAを育てるシングルマザー。母はステージIV大腸癌・多発性肝転移と診断され、本人の了承のもと、家族の記録を綴っています。
autism-mama-diary.com
コメントを残す