── ASDの孫と、がんのばーばを繋いだ、マリオカートの朝
去年の夏休み。
Lucaは「デイサービスに行きたくない」と言った。
ASDで、低緊張で、感覚過敏のあるLucaにとって、慣れない場所で長く過ごすのは、心がすり減る時間だった。
そんなとき、ばーばが言った。
「じゃあ、ばーばと、ゲームしよっか。」
それが、すべての始まりだった。
ばーばが、ゲームを覚えた
ばーばは、ゲームをする人ではなかった。
庭を整え、料理を作り、家族を支える人だった。
でも、Lucaのために、マリオカートを覚えた。
最初は、コントローラーの持ち方も知らなかった。
コースアウトしながら、笑いながら、ふたりで走った。
夏休みが終わっても、ふたりのレースは続いた。
土日の朝。
気づけば、平日の朝も。
学校に行く前に、1グランプリ ── 4レース。表彰台で優勝カップを見届けて、ランドセルを背負う。
それが、ふたりの儀式になった。
診断の日からは、レース中に涙ぐむことも、あった。
でも、Lucaの笑い声を聞くと、また笑顔に戻った。
イカちゃんとくろヘイホー
Lucaは、最初はマリオを使っていた。
やがて、ボスパックンを愛するようになり、最近は「くろヘイホー」を選ぶようになった。
ヘイホーは、実は ヨッシーアイランド出身のキャラクターだ。
Lucaは、知ってか知らずか、自分の魂のキャラを選んでいた。
ばーばのキャラクターは、Lucaがプロデュースしていた。
「ばーば、今日はこの頭にしよう」
「車はこれが面白そう」
「カイトはモモンガ?クッパ?」
Lucaが選んだのは、**イカの帽子をかぶった「イカちゃん」**だった。
毎日、Lucaがコーディネートしているうちに、イカちゃんは、ばーばにしか見えなくなった。
ばーば=イカちゃん。
Luca=くろヘイホー。
ふたりの分身が、毎朝、レースを走った。
5月、入院日の朝
その朝、Lucaが選んだコースは、ヨッシーアイランドだった。
このコースには、特別な仕掛けがある。
空を、ふわふわと、ハテナのお花が飛んでいる。
ジャンプの最中に、そのお花に触れることができたら ──
コースの真ん中に、希望のような、赤い階段が、現れる。
でも、お花は飛んでいて、なかなか触れない。
ふたりは、毎朝、挑戦していた。
ほとんどの朝、お花は手の届かないところに飛んで行ってしまっていた。
その日、ふたりは、真剣な表情で走っていた。
そして ──
Lucaのくろヘイホーが、ジャンプの瞬間、ハテナフラワーに触れた。
コースの真ん中に、赤い階段が、現れた。
空に向かって、ぐるりと伸びる、希望のような、赤い階段。
ばーばのイカちゃんが、その階段を走り抜けるとき ──
ばーばは、目に涙を浮かべながら、にっこりと、笑った。
そして、Lucaに、こう言った。
「Luca、ありがとう。これ、見たかった。」
うるうる、ニコニコ。
涙と笑顔が、同時にあった。
入院する前に、もう一度、赤い階段が見たかった。
ばーばは、ずっとそう思っていた。
その願いを、Lucaが、叶えた。
「またできるといいな。」
しんみりと、ばーばが、つぶやいた。
私は、後ろで見ていて、胸が震えた。
ASDのLucaが、ばーばのために、希望の道を呼び寄せた。
偶然じゃない。Lucaの集中力と正確さが、入院日の朝、ばーばが「もう一度見たい」と願っていたものを、叶えた。
でも、その次の瞬間。
ばーばのイカちゃんが、コースから落ちた。
Lucaが、ケラケラと、声をあげて笑った。
パックンフラワーが、ばーばを丸ごと食べた。
Lucaは、お腹を抱えて笑った。
そのたびに、ばーばも、笑った。
Lucaの笑顔を見ながら、ばーばの目尻に、涙と笑いが、同時にあった。
「もう1回!」とLuca。
「もう1回!」とばーば。
くろヘイホーが、1位でゴールした。
表彰台のカップ授与式を、ふたりで見届けた。
そして、ばーばは、病院へ向かった。
退院の日
ばーばが、家に帰ってきた。
Lucaは、玄関で待っていた。
ばーばを見た瞬間、Lucaが言った。
「ばーば、おかえり! また、やろうね!」
ばーばは、玄関で泣いた。
ぽつりと、ひと言。
「ばーばも、また、やりたいよ。」
痛みが、ふたりを離した
退院しても、ばーばは長く座っていられない。
肝臓の皮膜の痛み。
CVポートのあたりの違和感。
座ると、チクチク、プチプチと、身体が痛む。
ばーばは、毎日、Lucaに聞く。
「ばーば、いつ、できる?」
Lucaは、答えない。
ばーばが痛がっているのを、ちゃんと見ている。
私は、Lucaに言った。
「ママと、マリオカートやる?」
Lucaは、首を振った。
「ばーばじゃないと、面白くないからいい。」
それでも、Lucaは
Lucaは、ばーばを諦めない。
マリオカートはできないけれど、
自分が一番好きなものを持って、ばーばの隣に行くようになった。
プラレール。
踏切のおもちゃ。
ぐるぐる回るレールと、カンカン鳴る踏切。
ASDのLucaにとって、踏切とプラレールは、世界で一番安心するもの。
**「自分の魂を、ばーばの近くに置く」**という方法で、Lucaは愛を伝えている。
ばーばも、ソファに横になりながら、それを見ている。
「ヘイホー、上手だね」とは言わない。
「電車、いっぱい走ってるね」と、笑う。
ふたりは今、新しい儀式を作っている。
言葉ではない、何かで、繋がっている。
同じように、繋がっている家族へ
世界中に、こういう瞬間があると思う。
ゲームで繋がる祖父母と孫。
特別な何かで、ことばを超えて愛し合う家族。
病気で、思うように動けなくなった大切な人と、それでも諦めない誰か。
私は、看護師として、そういう家族をたくさん見てきた。
そして今、自分の家族が、その物語の中にいる。
ばーばはまだ、マリオカートをやりたいと思っている。
Lucaは毎朝、ばーばの近くで、プラレールを走らせている。
私は、それを見ながら、祈る。
もう一度、ふたりが、グランプリを走れる朝が来ますように。
イカちゃんと、くろヘイホーが、また、赤い階段を走れますように。
訪問看護師(Psychiatric Visiting Nurse)として精神科・一般訪問看護に従事しながら、ASD・ADHD・低緊張のあるLUCAを育てるシングルマザー。母はステージIV大腸癌・多発性肝転移と診断され、本人の了承のもと、家族の記録を綴っています。
autism-mama-diary.com