泣きながら入っていくものらしい
術後、何日か経った朝の回診で。
執刀してくれた先生が、母のベッドの横に立って、こう言った。
「僕、今までけっこうたくさん手術してるんですけどね。」
「だいたい術前って、シクシク泣いて入ってこられるんですよ。付き添いの看護師さんに目を拭いてもらったりしながら。あとは、いろいろ考えてらっしゃる硬い表情で入室される方とか。」
そうだよね、と思う。
これから、お腹を開けられる。麻酔で意識がなくなる。何が起こるか分からない。
泣いて当たり前だ。
でも、先生は続けた。
「……あなたは、僕を2回、指さしながら入ってきたでしょう。」
「僕、ビックリしたんですからね。」
指さされた執刀医
執刀直前の医師を、患者が指さす。
しかも、2回。
先生からしたら、なかなかの光景だったと思う。
「なんだ?」「何かあるのか?」「今から切るぞ、という宣言か?」
心中、いろいろよぎったはずだ。
でも、母はきょとんとして、こう答えた。
「あ、みんな3人いたけど、泣いてたね。」
(他の患者さんの様子まで見ていたらしい。)
「やだ、先生を指さしたりしてないですよ。」
「看護師さんに、”あ、私の手術するベッドあれよ、あの1番広いお部屋よ! ねー” って言いながら向かったんですよ。」
内見だった。
指をさしていたのは、先生じゃなくて、部屋とベッドだった。
手術室を、物件のように見ていたのだ。
「あの1番広いお部屋よ」
「ものすごく大きいベッドだ」
これから自分が開腹される場所を、広さで褒めながら入っていった人が、ここにいる。
先生と母は、そこで大笑いしていた。
処置をしていた看護師さんが、後ろで「ぷっ」と吹き出していた。
あとで聞いたら、ナースステーションでは、この二人は **「面白コンビ」**と呼ばれて、話題になっていたらしい。
母、入院中に、あだ名がついていた。
ちなみに、部屋もベッドも、本当に大きかった
ここは看護師として補足しておきたいのだけれど。
母の言っていること、わりと正確だったりする。
手術台そのものは、実は細い。術者が体に近づけるように、わざと細く作られている。
でも、腹腔鏡の大腸手術の準備が整った台は、見た目がまるで違う。
両腕を横に開いて固定するアームボードが、左右に張り出している。 体位を保つための支持具。脚台。ずり落ちを防ぐ固定マット。
細い台が、十字に大きく広がって、堂々とした「大きなベッド」になる。
そして腹腔鏡の部屋は、機械が入る分、たいてい一番広い。
つまり母は、初めて入った手術室を、正しく評価していた。
度胸というか、なんというか。
病棟を、ぐるんぐるん歩く。 病棟5周を朝と晩
手術のあとも、その調子だった。
回診で、先生が言う。
「お昼、起きてますよね。病棟をぐるんぐるん歩いてるって、看護師みんなが教えてくれますよ。」
「お元気で、素晴らしいです。」
そう、母は歩いていた。
熱が38度あった日も、歩いていた。
おならが出ないのが気になって、必死だったらしい。
そして先生は、こう続けた。
「……あと、夜もYouTube見ているそうですね。」
「いつ寝てるんですか?」
バレていた。
「夜は寝てくださいね。何見てるんですか?」
最後は絶対、ハッピーエンドなのよー
母の答えが、これだった。
「江戸時代の、花咲かじいさんみたいな物語でね。」
「ツッコミどころ満載で、辻褄が合わないわねー、ということばっかりなんだけど。」
「すごく大変で、いろいろあるのよ。大変なことが、次々起こるのよ。」
「でも、最後は絶対、ハッピーエンドなのよー」
先生が、ふっと笑った。
「……そんなのYouTubeにあるんですね。」
私は、この話を聞いたとき、少しだけ、胸が詰まった。
笑い話として聞いていたのに。
手術の前後、眠れない夜に。
母が自分に見せていたのは、辻褄が合わなくて、大変なことばかり起きて、それでも最後は必ずハッピーエンドになる物語だった。
偶然じゃないと思う。
たぶん、選んでいた。
半月、待った理由
実は、母は腸閉塞を起こしてから、手術まで半月以上あいている。
その理由を、最近になって知った。
母がずっと、執刀医に言い続けていたのだ。
「ストーマはダメ。大腸の癌を、取ってちょうだい。」
閉塞したまま緊急で開ければ、腸は張って、むくんでいる。その状態で腸をつなぐのは、危ない。だから普通は、安全のために人工肛門を作る。
それが、当たり前の判断だ。
でも先生は、遠回りをした。
管を入れて腸を減圧して、むくみが引くのを待って、栄養を入れて、体を整えて。
腸が「縫える状態」になるまで、半月かけた。
母の願いを、叶えるために。
そして手術の日、母は先生にこう言った。
「お願い。取って、繋げるで、頑張って。」
言い続けた人と、聞き続けた人がいた。
だから、繋がった。
「あ、先生にまた会えた!」
手術が終わって、麻酔から覚めるとき。
名前を呼んで、「手術終わりましたよ」と声をかける。
その瞬間のことを、先生が話してくれた。
「僕、あんなにパチッとお目々を開けて、”あ、先生にまた会えた!” って言われたの、初めてです。」
「お身体、もちろんお強いですけど、しっかりしてる。ビックリしました。」
笑ってしまった。
目覚めた第一声が、それか、と。
でも、少し経ってから、気がついた。
母は、**「また」**と言ったのだ。
「終わりましたか」でも、「痛いです」でもなく。
また、会えた。
73歳。全身麻酔。医師は、脳梗塞や肺炎の合併症を、かなり警戒していたという。
母は、それを知っていた。
だから「また」なのだ。
もう一度会えるかどうか、分からないと思って入っていった人の言葉。
手術室を「1番広いお部屋よ」と品定めしながら、笑って歩いていったあの人が。
心の中では、ちゃんと、そこまで見ていた。
同じ場所にいる、あなたへ
大切な人が手術を受けるとき。
怖くて、たまらないと思う。
私も、そうだった。何日も、眠れなかった。
でも、覚えておいてほしいことがあります。
当の本人が、あなたよりずっと、腹をくくっていることがある。
泣いて入る人もいる。それでいい。
部屋の広さを褒めながら入る人もいる。それも、いい。
どちらも、覚悟の形です。
そして、そういう人のそばで、私たちにできることは、たぶん、そんなに多くない。
手を握って。
笑って送り出して。
戻ってきたら、「おかえり」と言う。
それだけで、じゅうぶんなんだと思う。
ちなみに母は、今も元気に、病棟改め自宅を、ぐるんぐるんしています。
あと、たぶん今夜もYouTubeを見ています。
最後は絶対、ハッピーエンドなんだそうです。
この日記は、世界のどこかで、同じ気持ちでいる誰かに、 「わかるよ。ひとりじゃないよ」を届けたくて、書いています。
※本記事は、家族としての個人的な記録です。医療的な判断や治療方針については、必ず主治医にご相談ください。登場する会話は、本人の了承を得て掲載しています。
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