「たいちゃん、起きて、起きて」
息子には、大好きな先輩がいた。たいちゃん、と呼んでいた。
たいちゃんは、いつも、寝ていた。
朝、学校に着くと、先生から逃げるか、昇降口で横になって寝ている。
迎えに行くと、また三角座りのまま、こっくり。
支援学級でも、窓辺か、トランポリンの上で、いつも寝ていた。
駐車場で、たいちゃんのお母さんが先生を呼んで、先生が抱っこして教室へ運んでいく ──
それが、だいたい、毎日の風景だった。そして午後になると、ぱっと目が覚めて、一気に授業をこなすらしい(笑)。
うちの息子は、そんなたいちゃんが、大好きだった。
「たいちゃん、起きて、起きて」そう言って、ゆさゆさ揺するのが、楽しくて、楽しくて。
たまに、たいちゃんが起きる。
すると、こちょこちょ返しをされて、「困るんだよー」と言いながら、息子は、とびきりの笑顔で、その話をしてくれた。
先生が、寝ているたいちゃんを起こそうとすると、息子は、その間に割って入る。
「僕が起こす! 僕が起こす!」
それはもう、楽しそうに。
たいちゃんが、くれたもの
たいちゃんは、寝てばかりの先輩だったけれど、息子に、たくさんのものをくれた。
七夕の短冊の飾りを、優しく、丁寧に、教えてくれた。
算数のドリルを、一緒にやってくれた。
長縄跳びに入るタイミングが分からなかった息子に、見本を見せて、一緒に練習してくれた。
おかげで、息子は、すぐに縄に入れるようになった。
1年生の時、毎日やっていた1分間の短縄跳びを、応援してくれた。
廊下で会うと、「バイバイ」と、挨拶してくれた。
レゴで、機関車を作ってくれた。
電車を、作ってくれた。
その頃、息子は、不登校だった。
でも ── コミュニケーションが難しかった息子が、ちょうど「人と関わりたい」と思い始めた、その大切な時期に、たいちゃんがいてくれた。
それは、本当に、ありがたいことだった。
「今日、たいちゃんいたよ。昇降口で、暑そうに寝てたよ」
「たいちゃん、起きて、算数やってた」
息子は、そんな風に、たいちゃんのことを、毎日、楽しそうに教えてくれた。
「昇降口、くるっと回っておいで」
3年生になった息子は、今、少し、しんどい時期にいる。
集団が、とても苦手な子だ。
休み時間、教室にいると、疲れてしまう。逃げ場が、なくなってしまう時がある。
そんな息子に、私は、言ってみた。
「しんどくなったら、昇降口を、くるっと回って、帰っておいで。そしたら、5分か10分の休み時間、終わってるよ。
それか、保健室の、優しい先生に、会いに行きな。たいちゃんみたいに。
ずっと寝てるわけじゃなくていいから、それくらい、していいんだよ」
たいちゃんの名前を出した瞬間、息子の目に、ぱっと、光が入った。
ニコッとして、「会いたいなー」。
そして、
「あ、そっか。昇降口、くるっとね。たいちゃん、昇降口くるっと回って、先生から逃げてたなー」
と、懐かしそうに、笑った。
「たいちゃん、元気かなー」
そう言って笑う息子を見て、私は、思った。
たいちゃんは、ただ寝ていた先輩じゃない。
息子に、「みんなと同じじゃなくても、いいんだよ」「自分のペースで、いていいんだよ」ということを、その背中で、教えてくれていたんだ、と。
昇降口で寝てもいい。
先生から逃げてもいい。
午後から、一気に頑張ってもいい。
たいちゃんが、そうやって、自分のやり方で学校にいたから
── 息子も、「そういう居方が、あっていいんだ」と、知ることができた。
集団が苦手な子に必要なのは、「みんなと同じにさせる」ことじゃない。
逃げ場と、安心できる人。
それは、甘えじゃない。
生き延びるための、大切な知恵だ。
少し前の、自分に言いたいこと
もし、少し前の ── よく泣いていた頃の自分に、声をかけられるなら。
私は、こう言いたい。
みんなと同じじゃなくて、いい。
その子には、その子のタイミングがある。
そのタイミングで、必ず、成長していくから。
だから、待ってあげて。信じてあげて。
みんなと同じじゃないから、目立つし、心配で、不安で、私も、よく泣いてしまった。
でも ── ちゃんと、成長してる。
本当に。
難しさも、丸ごと、受け止めてあげたい。
集団の中では、ちょっとした工夫の声かけを。
大げさかもしれないくらいの、共感を。
そして、ただただ、ニコッと微笑んで、信じてあげて。
低緊張の子、協調運動の苦手な子を育てている、おうちの方へ。
すごく、もどかしいですよね。
私も、そうでした。
でも ── 必ず、少しずつ、成長します。
たいちゃんが、寝ながら、自分のペースで大きくなっていったように。
息子が、たいちゃんに憧れて、少しずつ、人と関わり始めたように。
あなたのお子さんも、あなたも、大丈夫。
その子のタイミングを、信じて、待ってあげてください。
必ず、成長します。
本当に。
たいちゃん、元気かな。
あの、とびきり優しい先輩に、いつか、お礼を言いたいな。
「あなたのおかげで、うちの子、少しずつ、前に進めています」って。
コメントを残す