フィレンツェで感じた「和」、日本で奏でる癒し

 

私は、美術のことを何も知らない。

それでも、フィレンツェのサン・ロレンツォ教会、君主の礼拝堂に足を踏み入れたあの日のことを、今でも、はっきり覚えている。

八角形の広間。

壁一面が、ラピスラズリ、碧玉、瑪瑙、大理石で埋め尽くされていた。

トスカーナの各都市の紋章が、石で組まれていた。

息を呑んだ。

そして──不思議なことに、私は「和」を感じた。

*ここはイタリアなのに、なぜ。*

頭は混乱していた。

でも身体は、確かに反応していた。

古き日本の雅にタイムスリップしたような、あの懐かしさ。

説明を読む前は、本気でこう思っていた。

「メディチ家は、日本の美術品にも手を出して、大事にしていたのかな」と。

後から知った。

メディチ家は、本当に日本の蒔絵と漆器を愛していた。

ピッティ宮殿には、500年前から日本の工芸品が大量に残されている。

ピエトラ・ドゥーラ──硬い貴石を組み合わせて絵を描く、メディチ家が守り抜いた象嵌技法。

その職人たちは、日本から海を渡ってきた漆器の「線」に、息を呑んだという。

500年前のフィレンツェの職人と、

21世紀の、ただの留学生だった私が、

同じものに、同じ感覚で反応していた。

知識ではなく、身体で。

## なぜ私が、これを話すのか

私は今、訪問看護師として、精神科と一般の現場で働いている。

ASD・ADHD・低緊張のある息子LUCAを育てる、シングルマザー。

毎日、たくさんの患者さんと、たくさんの子どもたちを見ている。

そして気づいた。

**ASD・ADHDの脳は、美しい線・正しい比率に、深く反応する。**

それは、私がフィレンツェで感じたのと、同じ反応だった。

知識ではなく、感覚で、本物の美しさを掴む脳。

LUCAも、そうだった。

2歳で、踏切の音が「規則正しいリズム」だと、自分で見つけた。

言葉を持たないうちに、自分の処方箋を、自分で選んでいた。

メディチ家の職人と、フィレンツェの私と、踏切のLUCAと、世界中の神経多様性を持つ脳が、

**同じ「美しさ」に反応している。**

## 私は何者か

イタリア・フィレンツェとミラノで4年以上住んでいた。

クラシック音楽、教会のオルガン、街の石畳、職人の手仕事。

帰国してから、訪問看護師の道へ進んだ。

精神科の現場で、言葉が届かない患者さんに、

音楽が届く瞬間を、何度も見てきた。

LUCAを育てるなかで、

雨の日も傘をさして1キロ歩いて、踏切に通った日々があった。

そして母が、ステージIVのがんになった。

余命を意識する日々の中、母は私のチャンネルを応援してくれている。

「広い庭を世界に見せていいよ」と、笑ってくれている。

私は、両親を看取るまで、日本にいる。

そのあと、息子LUCAと一緒に、海外へ行く。

LUCAが、誰にも責められず、自分のままで生きていける場所へ。

## このチャンネルでやりたいこと

**ASD・ADHD・神経多様性の脳のために、音と光と言葉を届けたい。**

チェロとハープの音、ブラウンノイズ、踏切の規則的な音。

龍と笹の水墨画、行灯のやわらかな光、メディチ家のピエトラ・ドゥーラから着想を得た象嵌の世界。

500年前のフィレンツェの祈りを、

21世紀の日本から、世界へ。

そして──

世界のどこかで、雨の中、泣きながら子どもの手を引いているお母さんへ。

「治療しますか」と聞かれて、車のなかで動けなくなったあなたへ。

「うちの子は普通じゃない」と、自分を責めている誰かへ。

ここに、あなたと同じ気持ちで生きている、看護師の母が、ひとりいます。

あなたは、ひとりじゃないです。

## 最後に

私は美術を、何も知らない。

医学の論文も、英語もドイツ語も、たいして読めない。

でも、感じる。

**美しい線、優雅な比率、無償の愛、本物の祈り。**

それを、看護師として、母として、娘として、

このチャンネルに、宿らせていく。

どうか、聴いていってください。

どうか、迷ったら、戻ってきてください。

ここは、あなたが何もしなくていい場所です。

*訪問看護師(Psychiatric Visiting Nurse)として精神科・一般訪問看護に従事しながら、ASD・ADHD・低緊張のあるLUCAを育てるシングルマザー。イタリア・フィレンツェとミラノで4年以上の居住経験あり。両親を看取るあいだは日本に留まり、その後、息子と海外へ向かう予定。*

*autism-mama-diary.com*

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