「支援教室はずるい?」

同じ職場の看護師ママに言われた
忘れられない一言


「知的に問題ないなら、支援なんて要らないはずでしょ。ずるいよ。」

ある日、保護者の一人にそう言われた。

しかも、相手は看護師さん。

私と同じ、医療の現場で働く人だった。


私は、訪問看護師として、毎日いろんな患者さんの家を回っている。

精神疾患の方、認知症の高齢者、発達特性のある子ども。

「目に見えない困難」と、ずっと向き合ってきた職業。

その看護師さんも、同じ世界にいるはずだった。

なのに、なぜ──。

びっくりしすぎて、頭の中が真っ白になった。

それでも、私は静かに、こう返した。

「あ〜、やっぱり分かりにくいんですよね。」

笑顔で。

でも内側では、心臓がバクバクしていた。


「理解できる」と「できる」は、ちがう

うちのLUCAは、カラーテストでほぼ100点を取る。

知的には、問題ない。

でも、それは「できる」とは違う。

好きじゃない授業。 苦手なテーマ。 教室のざわめき。 給食の匂い。

その一つひとつに、LUCAの脳は、私たちの何倍ものエネルギーを使う。

ストレスが体中にあふれて、固まって動けなくなる。 帰宅すると、ぐったりして、ソファから立てない夜もある。

それを隣で見ていると、

「頑張れ」なんて、言葉は、出てこない。

「理解できても、できない。」

これが、LUCAの現実。

これは、知的障害があるかどうかと、まったく別の話なんです。


「うちの子なんて、一人で頑張ってるのに」

同じ日、その看護師さんは、こうも言った。

「みんな大変なのに、うちの子なんて一人で頑張ってるのに。LUCAくんは支援してもらえて、ずるいよ。」

その言葉は、今も、胸の奥に小さな棘のように残っている。

帰り道、私は車の中で、ハンドルを握ったまま、しばらく動けなかった。

涙が出た。

でも、泣いてばかりはいられなかった。

ふと、気づいたから。

──ああ、見た目で分からないから、分からないんだ。

LUCAの困難は、外からは見えない。 だから、「ずるい」と言われてしまう。

そして、これは、LUCAが将来、社会に出たときに、また起きる。

職場で。 学校で。 電車の中で。

「見た目に困っていなさそうだから、頑張れるはず」

そう言われ続けて、潰れていく未来が、私には見えた。


だから、今、支援が必要なんです

支援クラスは、特別扱いじゃない。

LUCAが、「ふつうに学校生活を送るための」環境整備。

LUCAに必要なのは──

  • 給食でほぼ食べられるものがない中での対応
  • 授業中のストレス管理
  • 友人関係のサポート
  • 疲れたときに、休める静かな場所

これらは、知的に問題がないからといって、一人でできるものじゃない。

杖が必要な子に「歩けるんだから杖はずるい」と言う人はいない。 眼鏡が必要な子に「見えるんだから眼鏡はずるい」と言う人もいない。

LUCAの支援も、それと同じ。

ただ、それが「目に見えない」だけ。


同じように、戦っている、あなたへ

もし今、あなたが、同じような言葉を誰かに言われているなら──

あなたの判断は、正しい。

見えない困難を、一番近くで見てきたのは、あなた。

医師でも、看護師でも、担任の先生でも、

あなたほど、わが子を理解している人は、いない。

「支援を使うのは、ずるい」じゃない。

それが、今この子に必要だから、使っている。

それだけのこと。

それだけのことを、世界中の親が、一人で背負っている。


私は、訪問看護師として、毎日働きながら、

シングルマザーとして、LUCAを育てている。

何度も泣いた。 何度も自分を責めた。 何度も「私の育て方が悪かったの?」と思った。

でも今は、はっきり言える。

LUCAは、何も悪くない。

そして、世界のどこかで、同じように泣いているあなたも、

何も、悪くない。

今夜、もし眠れない夜があるなら──

ここに、あなたと同じ気持ちの母親が、ひとり、いることを、

どうか、思い出してください。


訪問看護師(Psychiatric Visiting Nurse)として精神科・一般訪問看護に従事しながら、ASD・ADHD・低緊張のあるLUCAを育てるシングルマザー。「一人じゃないよ」を、世界中の親に届けたくて、書いています。

autism-mama-diary.com

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